NCの日記

孤立気味に生きてきたおっさんの日記です

【感想】 『これがアフリカの全貌だ』 (3)

歴史について。

アフリカについて歴史と言われると真っ先に思い浮かぶのが奴隷として連れ去れる人が多かった、という受難の歴史です。
自分はそれについて、あまりにもアフリカの文化が原始的すぎて西欧諸国に敵わなかったからだと思っていました。
それはある面では間違ってはいなかったみたいですけど、どうも奴隷としての人身売買が始まる前のアフリカ全土がすべて原始的社会だったかというとそうでもなかったみたいです。
むしろ西欧の人間の嫉妬と我欲を刺激するほどの都市もあったようで、そういうのを中世の西欧人が略奪したり破壊したりした、ようなことが書いてありました。

16世紀初頭にポルトガルの船長ズアルテ・バルサボは、東海岸のスワヒリ文明の繁栄について次のように描写しています。
――(中略)石とモルタル造りの美しい家がたくさんあり、きちっと街路が整い、多くは平らな屋根がある。扉は木製で立派な彫りがあり、すばらしい建具である。街の周辺には川がいくつかあり、美しい水が流れ、たくさんの水路のある果樹園や果物畑がある――
――モンバサはたいそう美しいところで、(中略)男の衣装は黄褐色か黒か白、女は絹や金をふんだんに使ってぜいたくに着込んで堂々と歩いている。ここは交通の要衝で、良い港をもっていて、いつもたくさんの種類の小舟や大船が停泊している。
 ここは食べ物の豊富なところである。(中略)キビと米が大量にあり、ほろ苦いオレンジ、レモン、ざくろ、インドいちじく、各種の野菜、豊かなうまい水がある――
 これらの描写に似たヨーロッパ人の日記などはほかにもありますが、共通するのは、彼らが驚きの目をもってアフリカを見ていたことです。(中略)その後すぐに我欲に変わり、たとえば、東海岸に進出したポルトガル人たちは、海辺の都市を焼き討ちしたり、地方の首長に進貢を強要したりしたのです。


アフリカって言うと今も昔も乾燥した大地に貧しい土地、大型の動物に灼熱の気候というイメージでしたが、昔からそればかりではなかったようでした。

その後の奴隷全盛期の受難はそのまんまですね。
ですがこの奴隷も白人が一方的に黒人を捕まえたというケースばかりでなく、アフリカの有力者に取り入り、現地の人間に奴隷を調達させていたりもしていたみたいです。
植民地にはたいてい現地協力者が現れるという話がありますが、アフリカの場合も現地協力者がいたみたいですね。
ただ、中には意図的に現地協力者に仕立て上げられたケースもあるようなので一概に言えなさそうですが。

アメリカに奴隷として連れてこられた黒人の子孫の方が自身のルーツを探る、という本があった気がします。半分しか読んでないんですよね、死ぬまでに読めるかしら……。

ルーツ 1 (現代教養文庫 971)

ルーツ 1 (現代教養文庫 971)



これがアフリカの全貌だ

これがアフリカの全貌だ

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