NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

信用の種をネットで作る

昨日人生に必要なのは信用かも、という話を書きました。

ここで自分のキーワード、「コミュ障」を加えますと、他者と信用を築かないといけない状況ってのはむしろしんどいですw

現在、一昔前のように黙って言うこと聞いてりゃ給料という形でお金が手に入るわけじゃありません。
下手な組織勤めにほとほと疲れ果てている人も多いのではないでしょうか?
自分もできれば組織勤めは避けたいところです。

本人によほど金儲けの才覚がなく組織勤めも難しいとなれば、お金で信用を代用するというのも限界ありますね。
そうしますと、お金をたくさん稼ぐ、からなるべく他者との信用をたくさん築く、にシフトチェンジしてみます。
個人的には『ナリワイをつくる』の著者、伊藤さんはお金から信用へのシフトチェンジの例だと思っています。

金儲けは出来ずとも人付き合いは嫌じゃないという人はいいですが、自分にはまだコミュ障というものがあります。
お金がないなら信用をつくればいいじゃない、とは簡単にはいかんのですよ……(´・ω・`)
人付き合いに関してはとても基本的なところで躓いてる感じですからw



これまでの人生で他人との信用を築けたことがあまりない人、かつネットではやり取りできるって人は、他人と関わる場所の比率をネットに傾けていいんじゃないかと思います。

どうすれば相手は信用してくれるかっていう基準は個人差があると思うので、「こうすればOK」っていうマニュアル化はできないですね。正解なき問題だと思っといた方がいいでしょう。
ただ基本的に人は「どういう奴かわからない」って相手を警戒するもんだと思うので、「自分はこういう奴だ」って情報を、開示できる範囲でオープンにするってのが一つの方法じゃないかと。phaさんが語っておられるように、要は自分の内面をブログやツイッターで晒してみるってことですね。

ネットは人口の分母が大きいから、リアルではなかなか自分を信用してくれる人はいないとしても、ネットでなら自分とチャンネルが近い相手も見つかる可能性が高い。リアルではドン引きされるようなキャラでも、ネットでなら逆におもしろがってくれる相手も出て来る可能性はあります。


それがすぐ「信用」に結びつくか、と言うと難しいかもしれませんね。なんせ相手の顔も見えないわけですし。
ただ、ネットでの自分を知った上で会ってくれる人がいた場合、「こいつは絶対に信用ならん!」っていう人はそもそも自分に会おうなんてしてくれないと思いますので、ちょっとしたフィルター代わりにはなってくれると思うのですよ。
その上で会ってくれるというのなら、まったく事前情報もなしではないので多少やりやすくはなるんじゃないかと。
一から十まで信用をつくることは難しくても、一から三とか四くらいまでの信用をネットで作っとく(自分のキャラを見て、それくらいまでなら信用してもいいという人をネットで見つける)と、十ある負担を六とか七ぐらいに、少しだけショートカットすることはできるんじゃないかなーと思うのです。

コミュ障で他人とのやり取りがもの凄い負担だ、という人はその負担をほんの少しでも減らす方向に動くのがいいんじゃないかと思います(・ω・)
あまり言いたくないけど、やはり完璧に独りで生きるっていうのは限界がありそうな予感がしています。



ネットで自分を晒すとき、基本は正直に自分を晒さないと意味がないので、ネチケットと個人情報に気を付けて可能な限り晒すってのでいいと思うのですが、余裕がある人は「見せ方をデザインする」という発想があることを知っておくといいように思います。これはコミュ障に限らず一般の方でも使える話です。

デザインセンスを身につける (ソフトバンク新書)

デザインセンスを身につける (ソフトバンク新書)

この本に書いてあります。ツイッターが例に挙げられているのでちょうどいいかと。

簡単に言うと、同じ発言でもそれを「どう見せるか」によって人間は受ける印象が変わる生き物だ、ということ。
そして「アイコン」「プロフィール」「発言内容」この三つが一定のコンセプトでまとまっている事が望ましいこと。
自分の目的に沿って、戦略的にデザインすることをもっと意識した方がいい、というお話です。

アイコン一つでもアップにするか引いてみせるかによって同じ発言がかなり違った印象になります。また、画像も「なんとなく印象に残る法則」というものが存在します。黄金律とか、簡単なもので言うと三分割法とかです。こういう点をきっちり押さえて「デザイン」されたものは同じ発言内容であっても狙った印象を相手に持ってもらうことができるようです。

アルファブロガーのちきりんさんがいらっしゃいますね。
あの方のアイコン・プロフィール・発言内容は「おちゃらけ社会派」というコンセプトで統一されているように個人的には思ってます。おちゃらけだと明記してあるプロフィールに、その通りの発言内容を、あのゆるいアイコン画像が象徴している感じがしてます。自分が勝手に思ってるだけかもしれませんがw

欧米のビジネスマンではSNSのアイコンはweb上の自分の分身であり名刺そのものであるとして、プロのカメラマンに撮影してもらい俳優顔負けの画像を用意する人もいるのだとか。
長く使用したアイコンは自分自身の証明書にもなりえる、つまり「立派な資産」になりえるものだという話のようです。
確かにちきりんさんのあのアイコン、すっかり「ちきりん」さんの証明書になってますね。書店で著書を見かけた際、一発でちきりんさんに結びつきました。もうあのアイコン、ちきりんさんの資産だと言われても自分は納得です。



まあ自分は間違っても戦略的にイメージをデザインする、なんて段階にはいませんので正直に自分を晒していくだけですが。
長く使ってればアイコンそのものが自分の証明書代わりになることもあるので、できるだけアイコンとかの基礎情報をころころ変えるのは控えた方がいいのかしら、ぐらいには思ってますw

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