NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

陰謀論

世の中には陰謀論と呼ばれる意見がありますね。
常識的にはナンセンスと言われることが多く、個人的には「イエスともノーとも言えない話」だと理解していました。

先日、陰謀論者と言われる事もあるベンジャミン・フルフォード氏の本を読みました

暴かれた9.11疑惑の真相

暴かれた9.11疑惑の真相

内容はタイトル通り、9.11の疑惑。具体的には9.11はテロではなく、アメリカによる自作自演であるとの意見です。

実は自分、かなり前ですけど、日本のテレビで一度だけ、「9.11には不可解な点が多く、本当にテロだったのか疑わしい」という内容を見たことがあります。
幾つかのコーナーの一つという扱いだったので、時間にして10分程度のものでしたが、非常に印象に残りました。
これにより、自分の中で「9.11は本当はなんだったのだろう」という小さな疑問がずっと残ることになりました。

9.11自作自演説は、決して「動かぬ証拠」はなく、「限りなく不自然な状況証拠」が多数あることから説明されます。
「貿易センタービルが航空機の衝突・炎上によって倒壊」というのが常識かもしれませんが、あれは物理学的にありえない現象だと言われます。
そもそもあの航空機によってビルが倒壊したというのは、コンクリートの壁に向かってアルミ缶を投げつけたとき、そのアルミ缶が壁に突き刺さり、コンクリの壁が崩壊したと言っているのに等しいようです。炎上についても、十何時間・何十フロアにかけて燃え続けた火災によってもビルは倒壊しないという報告があるようです。

他にもいろいろと状況証拠があるようです。
個人的に、9.11がテロだったとは思えなくなってきています。
アメリカにはパールハーバーという「前科」もありますし。
そもそもこれだけ世界中を引っかき回しているアメリカという国の本土で、あんなわかりやすいテロが実行できたこと自体が不自然だと感じます。

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これらの陰謀論を知り、ふと連想されたのは「いじめ」です。
いじめもまた、「動かぬ証拠」がないのが普通です。
いじめにおける動かぬ証拠など、現行犯で取り押さえるくらいのものでしょう。
大半のケースでは「いじめを示唆する状況証拠」が多数あるだけ、だと思います。

自分は「いじめはない」という意見は大変信用なりません。
理屈でそういう結論になろうとも、これまでの自分自身の実経験において、どのような場所でもそれらしいものはありました。
「公には、ない」ということになっていても、「実際はある」のが常識だと思っています。
それは当然大人の社会や人間関係も含めます。
聞いた話ですが、老人社会にもあったそうです。
チームプレー色の強いゲートボールはいじめの原因になりやすかったのだとか。。
最近は個人プレー色の強いグランドゴルフを取り入れるところもあるそうです。

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「陰謀」っていうと大げさな感じがしますが、「大人がやるスケールの大きな企て」が陰謀と呼ばれるものなんじゃないかと思いました。
職場におけるいじめはスケールの小さな陰謀という見方もできる気もします。
職場において、あの手この手で嫌がらせをして本人が自発的に退職するように仕向けるのだって陰謀といえば陰謀でしょう。
これにだって「動かぬ証拠」などあるわけありません。
仮に、「嫌がらせがあった」という証拠を押さえたところで、その嫌がらせが特定の人物の排除を狙ったものだったという証拠にはなりません。
単にその人物が気に入らなかったからだ、と言い張られたらそれまでです。

自分は大人の社会で、明らかに特定の人を追い出そうとして行なわれている嫌がらせを自分の目で見たことがあります。
話に聞いた分まで含めればさらに数は多くなります。
ですが、「それらを証明する動かぬ証拠」はどこにもありません。
「人間の社会にはそういう部分がある」と理解しています。

陰謀論の中には箸にも棒にもかからないトンデモ話も確かにあります。
だからといって陰謀論すべてがナンセンスと結論するのは拡大解釈というものであってそれこそナンセンスでしょう。
中には、国家ぐるみの陰謀を示唆する状況証拠を多数挙げているものもあります。
これを見て、動かぬ証拠がないのだからそんな意見は噴飯ものだという意見は、案外「動かぬ証拠がないのだからいじめはない」と結論する教育委員会と同じことを言っているのかもしれません。
理屈としてはその結論に辿りつくのが論理的であったとしても、どこか「木を見て森を見ず」に近い何かをはき違えている印象が強いです。

大人の社会、上層社会、そして国家も、作っているのは同じ人間です。
一皮むけば学生時代のクラスの中と似たような世界が広がっているものと想像します。
「決して表向きには語られることがなく、証明もできない出来事がある」ということを、これまでの人生で一度も経験しなかった人間はおそらくいないでしょう。
それらの出来事が、それぞれの大人社会の階級に合わせスケールアップされて実行されていたとしてもおかしくありません。
陰謀論と呼ばれる意見が、たとえ公に証明はできなくても、下手な建前よりはよほど実情を示唆していることはありえると思います。

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