NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

自分の人生も少しは資産

以前のエントリで「その人の生涯そのものが世の中への遺産になりえる」って話を紹介しました。
自分がこの意見を主張した内村鑑三氏を知ったのはその辺に投げてあった古新聞です。
細部は忘れましたけど、才能も資産も必要ない遺物として自身の生涯を挙げる内村氏の優しさに多くの若者が慰められた、という趣旨の記事だったと思います。

内村さんの意見が厳密にどういうニュアンスの発言なのかちょっと記憶が曖昧な上に明治の話なので、現代に当てはめるのがいいのかどうか微妙ではあります。
ただあんまり難しく考えずに、自分の姿とか考えてる事とか晒す事で他の人の参考になったり安心させたりすることができるなら、「自分の生涯が世の中への貢献」に繋がったりするのかなと思ってます。

ニートな自分は、ニートライフを送っていらっしゃるphaさんのブログ読んでるとちょっと安心したりします。
ニートって仕事嫌いな人が多い割に本当にやる人は少数派なので、むしろニートでいたくてニートしてるっていうphaさんのブログ、結構貴重な「後世への遺産」になるのかもってたまに思います。
少数派だからあまり取り上げられないだけで、ああいう脱力系の方っていつの世もどこにでもいらっしゃったように思いますし、そういう少数派にとってphaさんの足跡は大きな慰めでもあり、その時その時の社会状況における落としどころを探る上での参考になるんじゃないかなって。
それに、時間軸っていう縦の繋がりだけじゃなくて、別の文化圏への横の繋がりにとっても一つの資産になるのかなって。
人間の考えることって似たり寄ったりなところありますから、phaさんの意見とかライフスタイルとかは世界の脱力系の人間の心に届く部分もあるように思ったりします。
働きたくないから犯罪に走ったりするくらいなら、だるい人達で集まってゆるく助け合って生きていく方がよほど健全だと思いますし。
脱力系カルチャー「darui」、みたいな感じで他の文化圏に波及したらおもしろいなって勝手に思ってます。

phaさん自身もどこかでおっしゃっていたように思いますけど、99%の人にとって無用のものでも1%の人には何かが届くこともあるってことだと思います。
だから自分は他人にとって過度に迷惑になるものでない限り、あまり人の人生を否定したくはないし、みんなも自分の人生を無闇に否定しないで欲しいように思いますね。
完璧に全肯定しようとするとそれはそれでストレスになったりしますからほどほどくらいがいいとは思いますけど。
最近はネットがあるから、何かを発信するのも受信するのもコストがあまりかかりませんし。
自分の中の何かを晒せる範囲で晒してみるのも悪くないように思います。
自分の中に既にあるものとか毎日やってること書くだけなら元手はタダですし、何も起きなかったとしてもそれでもともとですし。

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