NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

『生きがいの創造』

生きがいの創造―“生まれ変わりの科学”が人生を変える (PHP文庫)

生きがいの創造―“生まれ変わりの科学”が人生を変える (PHP文庫)

副題の通り、「生まれ変わり」という微妙なテーマを扱ってます。
ですが、テーマはあくまで、「生まれ変わりの科学が人々の人生にどういう影響を与えるのか?」というもの。
ですので、生まれ変わりを示唆する実証例の紹介など、1〜3章を使ってこのテーマについての「科学的な事例」が紹介されています。
それらの中には霊媒師やオカルト研究家など、必ずしも科学的姿勢を持ち合わせているとは限らない事例は除外されており、あくまで「科学的」である事例が紹介されています。
これらのテーマを本気で研究対象としている学者や臨床医学の医師などの報告が採用されているようです。
死後の世界や生まれ変わりそのものがあるのかどうか?という検証だけでもけっこうなレベルだったように思いましたが、主題は「それらの研究成果が人生にどう影響するのか?」です。
その本題が4,5章に書かれています。



以前のエントリでも書きましたけど、自分はもとからこういう話を信じやすいタイプな上に、今現在信じることにしている人間なので引き込まれました。
でも、こういう話が好きでない上に全く興味もない人にとってはどうなんでしょうね?

一応、著者がこの本と同じ内容を講義で行なったとき、その感想の中には「元から信じていないけど考えさせられる」という内容もあった、と書かれてはいましたが。
この本を読むだけで懐疑的な人でもなんらかの刺激となるんでしょうか??
疑わしいというより、自分がそういうタイプじゃないので純粋にわかりませんでした。




個人的に内容は勉強になりました。

1章の「科学的な生まれ変わりを示唆する状況証拠」の紹介や5章の「生まれ変わりのシステムを知る事で前向きになれる」という点。
一応、生まれ変わりや死後の世界を信じている人間ですし、多少は予備知識があったので1章はスッと読めました。
ケーススタディとして新たな内容を知れたことがおもしろかったです。
前世というものが本当にあるのならちょっと気になりますね(笑)
前世の人生が今回の人生に影響を持っているケースもあるのなら、純粋に前世が気になります。
ロシア人として過ごした前世の自分のミイラと「再会」した人のケースも紹介されており大変興味深かったです。


そうはいっても主題は「それらの知識が、現在を生きている人間に何の意味があるのか?」という点です。
その解答は「人生を前向きに生きられるようになる」というもののようです。
自分も死後の世界や生まれ変わりを信じることに決めたことによって以前より前向きになったという体験があります。


先に生まれ変わりのシステムを簡単に紹介してみます。

人間は自身の魂の成長の為にこの地球にやってきているそうです。地球はいわば「研修場」みたいなもののようです。そこでどういう「研修」を受けるのか、そのカリキュラムはあくまでこの地球に人間として生まれる前に、他ならぬ自分自身が決めているそうです。自身の両親も、身体的特徴も、人生の設計図も全てです。

その際、その人生で果たしたい目標を「使命」として決めてきてもいるそうです。それが生まれてきた後の自分の長所短所、生理的な好き嫌い、人生の巡りあわせとして現れることもあります。そして人生を生き、死ぬとまた自分が生まれる前にいた場所に戻ることになります。その後、必要があればまた地球に戻って来る、というサイクルのようです。

例えるなら肉体は車のようなものでしょうか。
その車が壊れるまでのドライブが一回の人生。車はいつか必ず壊れる日が来ますが、運転手である魂は壊れない。車が壊れたその日までのドライブで得た運転技術や思い出が運転手である自分の魂の財産になります。

そして今乗っている車が壊れると、場合によってはまた新しい車を自分で選び、走る道路や速度、辿るコースや目的地を自分で決めてまたドライブを始める。
魂の成長の為、このサイクルを繰り返しているのが人間という存在であり、その場所が地球だ、というお話です。




このことが真実とするなら、人生はよくわからないクソゲーでもなければギャンブルでもないことになります。

自分が生まれてきたことにも、今ここにいることにも、これから生きていくことにも、全てに「理由」があり、なによりそれは「自分自身が決めてきた」ことになります。

そして「死は終わりではない」ということ。

やり残したことがある場合、それは「宿題」として次の人生に持ち越されることもあるみたいです。
今回の人生で、やけに目につく巡りあわせとかも案外自分の前世でやり損なった宿題なのかもしれませんね(^_^;)

そう思うと、なんか目の前の出来事を否定しにくくなったんですよね(´・ω・`)
この地球での毎日とは魂の成長の為に与えられた一種のボーナスチャンスのようなもののようです。
しかも自分で人生の設計図も決めてきているとのこと。
面倒に思える現実も、自身の成長の為に一時的に滞在しているこの研修場で、自分が決めたカリキュラムかもしれないとくると、なかなか悩ましいです(;∀;)
それから逃げるのが正しいとは言いにくくなりましたし、逃げたところで死は終わりでもないのです。

今回の人生で逃げたところで来世でまた同じ巡りあわせに出くわすだけのような気もします。
そうなると、詳しい経緯はわからないけど、やるしかないのかなぁと思えてくるのです。
ちょっと消去法的発想かもしれませんがw

少なくとも現在、「人は何の為に生きるのか」という問いに「魂の成長の為」という解答が与えられることで、人生への懐疑的なブレーキが少し取り除かれる効果はある気がします。

広告を非表示にする