NCの日記

孤立気味に生きてきたおっさんの日記です

人のつながり

小さな国の大きな奇跡~キューバ人が心豊かに暮らす理由~

小さな国の大きな奇跡~キューバ人が心豊かに暮らす理由~

TOKYO 0円ハウス0円生活

TOKYO 0円ハウス0円生活

この二冊を最近読みました。
キューバの話と東京の路上で0円で豊かに生活している人の話。
共通していたのはどちらも「人のつながり」で豊かに生活している点ですかね。
キューバの方の物質レベルは日本とは比べものにならない貧しさのようです。
0円生活の方は、舞台が日本の東京とあって、下手するとキューバよりもいい生活をされているのかもしれません。
まあ国の在り方自体が違いすぎて単純な比較はできないでしょうが。

でもどちらにも共通しているのは、現代日本社会で「普通」って言われる物質レベルよりは低いところにいることだと思います。
それでも彼らは(本文中の記述を見る限り)豊かに楽しく暮らしてる感じです。
そこにあるのはモノでもカネでもなく、人みたいですね。

彼らはどちらもそれなりにモノもカネも持っています。
現代日本社会がだいたい想定する一般基準よりは低いというだけで。
モノもカネももちろん必要ではありますが、何より優先するものではないということなんでしょうか?

今の日本社会を見てると、人よりモノ・カネをたくさん求めて、実際に持っている気がしますが、その割にみんな嬉しそうじゃないというか、なんか水面下に不満のマグマを煮えたぎらせているような印象を自分は持っています。
それに対し、キューバ人と0円生活者達はモノ・カネはそこそこ、それより人とのつながりを大切にして、結果、不満がないではないけど毎日をエネルギッシュに生きている印象を受けました。

人がいればモノ・カネはなくてもなんとかなるが、モノ・カネだけで人がいないとストレスの多い状況に追い込まれやすいということだとすれば、今の日本社会のなんとはなしに漂うイライラは優先順位を取り違えていることが原因なのかもしれません。



キューバのお話は、自分にとって知識ゼロだったキューバという発想を教えてくれる貴重な機会になり、内容もすごい勉強になるものでした。
これだけでエントリ一本書けるくらいの感想があるんですが、なんかまだ消化しきれていない部分もあってうまくまとまりません。

一か所だけショックを受けた内容を挙げます。
キューバ人に「不安なことは?」と日本人である筆者が質問すると彼らはキョトンとしている。不思議そうな顔をしながらそれでも考えてくれ、出した結論が「地震・ハリケーンなどの天災、停電による暗闇、体型や恋愛等の日常の悩み」くらいだった。逆に何が不安なのかときかれ、仕事や将来やお金や老後の心配を挙げると、「そんなことが心配なのか」と驚かれ、同情すらされた。
という部分です。
もちろんキューバは地理的条件も社会システムも違いますから、単純比較はできないとは思います。
ですが、日本とこれだけ経済的物質的にかけ離れている国の人から日本人が同情されるというのはショッキングでしたね。
自分も将来やお金、仕事の悩みは日常的に浮かんできます。
あちらの国では社会のシステム上、社会福祉をタダで利用できるのでその部分はありますが、それ以上に助け合いの精神の方が大きい気がしました。
『はじめに』に登場するエピソードで、決して豊かとはいえない家の子供達ですら、人数に足りないクッキーを分け合って食べ、筆者が自分の分を差し出しても受け取らず、最終的には半分に割った筆者のクッキーをさらに割って、筆者と子供三人でわけあって食べた、という光景が物語っている気がします。



なかなか難しい世の中ですけど、人とのつながりがあればなんとかなる部分はあるのかもしれません。
あり余るほどのモノ・カネを持ち、それでも将来が不安だからとまた別の命綱を求めて歩きまわる姿に、幸福の気配を感じないのは自分だけでしょうか(´・ω・`)
「危機感を持つ」のと「意味もなく不安がる」のは別物のような気がします。
取り留めのない不安感への根本的処方箋になるのが人とのつながり、なんでしょうか?

ということを考え、それだとコミュ障な自分はどうしたもんか悩ましいなというところです。

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