NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

ゲームやるといろいろ思うようになった件

小さい頃はもう手の付けられないほどのテレビゲーム狂でしたw
大きくなるにつれてテレビゲームに熱狂する時間は減っていき、今ではときたま思い出したようにつける程度です。
本とか読んでる時も楽しいときはたのしいけど、ゲームの音と映像と自分で操作してる感覚はまた別の楽しさがあって、今でもつらいときとか精神的に不慣れな状況のときはけっこう大きな気分転換になります。
今の部屋に引っ越す前まで、半年くらいまったくゲームには手をつけてなくて、引っ越すときもうゲームは置いて行こうと直前まで思ってたのに、なぜか引っ越す一週間前くらいから急にあるソフトをやりたくなって、やりだしたら案の定ハマってどうしようか悩んだ結果、急遽新居にも持って行くことにして今現在も手元にありますw

今でもちょっと不思議な感じだなーって感じる経緯です。
結局持ってきてよかったなーって思うんですよ。
前回も書いた通りシェアハウスでやっていけてるのかどうか微妙なところで、そういう微妙なときゲームつけるとすんごいいい気晴らしになるんですよw
持ってきてなかったら少し寂しい思いをしたかもしれないと思うと、どうして引っ越しの一週間前になって急にゲーム熱が戻ったのか不思議です。
自分のコミュ障な本能が「コレ持ってった方がいいから!持って行っとけ!」というメッセージを送ってきてくれたんだろうかと思わなくもないのですw



話は変わりますけど、大人になって昔熱中してたRPGとかやると微妙にチープさを感じるときがあります。
DQとかFFとか自分もやってきた口ですが、こういうゲームを大人になってやると楽しいことは楽しいけど微妙に疑問に思うときもありますね。
特に違和感を持つようになったのが、あれだけ正義感とかを前面的に演出されてる主人公とかが、相手がモンスターになると問答無用で「倒さなきゃ!!」的なことを言ってる点。
昔はあれを少年ジャンプ的な熱血正義みたいに感じて一緒に熱くなってたりもしましたが、今は「そもそもモンスターって何なんだろう?」的なことを考えるようになってそういうのスッ飛ばして問答無用で襲いかかる主人公がただの思考停止にしか見えなくなりましたw

まあもちろんマジレスじゃないですよ?w
わかってますよ?そういう需要に合わせてチューニングされたただの一演出で、そのシナリオ自体が一商業作品だってわかってますよ?
だからまあいいっちゃいいんですけどね。探せばそういう「その世界の当たり前を疑い掘り下げ真相を明らかにする」的なゲームもあるでしょうしね。
たまたま自分が昔買ったソフトがそういうやつだったってことですけどね。
単に、ほんの数年前までこういうの何の疑問も持たずプレイしてたんだなぁとしみじみ。



そういえば主人公が何かと戦う時、相手にするのは人間以外の何かに設定されてることが多いなと思います。
「モンスター」だったり「ゾンビ」だったりとかですね。バイオハザードも昔すごいよくやりましたw
今でも好きですけど、昔ほどはあまりやらなくなりましたね。
相手がそういう「人間以外の何か」であれば問答無用で倒していいという設定は、人間の本能的な部分に通じるところもあるんでしょうかね。
戦争してた時、日本軍も相手の軍の捕虜を人間ではなく「丸太」と呼ぶことで、「人ではない憎き敵≒モンスター」であるという脳内変換をし、結果、罪悪感を持つ事なくひどい扱いを平気でできたという話をどっかで見た記憶があります。
人間って相手が自分と同じ何かだと思うと躊躇するけど、自分とは違う異質な何かで、しかもそれが自分の敵だと一度認識すると思考停止的な残酷さを発揮するところはある気がします。

ガンダムが人気なのは人間同士のぶつかり合いをリアルに描いてるからって部分もあるでしょうね。
ゲームみたいに主人公側が正義、敵は人間以外の何か、正義が変なヤツラを殲滅しておしまいって構図とはまた違った見応えがあります。

ま、ただの息抜きのゲームにそういうのをつらつら思うようになったのは大人になったのか歳を取ったのか微妙な所ですw
楽しいんだからいいじゃないとも思うんですが、そういう一方的な正義の一方的殲滅という構図に日常的に触れすぎて、そういう発想が自分の発想のデフォルト値にすり替わってしまうのはちょっとヤダなとは思ってます。
そういう意味ではそういう構図がないヌルくて平和なギャルゲーの方がぼ〜っと楽しむ分にはいいんだろうかとか思ったり。シューティングとかパズルゲームにはあんまり興味ないんですよ('A`)
ギャルゲーに触れすぎるとそれはそれでコミュ障が悪化しそうな気もしますがwww
要はバランスですよね、バランス(´ω`)

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