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NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

コミュ障の一ピース

これまで本ブログ内で「コミュ障」って言葉を散々使ってきましたが、厳密な意味で使ってるわけじゃありません。

個人的に「コミュ障」っていうのはネットのスラングみたいなところがあると勝手に思ってます。
そのニュアンスは、「コミュニケーションが下手」、「他人との付き合い方がわからない」、「他人とのコミュニケーション自体が好きになれない or 嫌い」みたいなところだと思ってます。

少なくとも自分はこの辺の意味で何となく使ってます。
頭が痛いとか鼻水が出るとか、その辺の体調不良を全部ひっくるめて「風邪っぽい」とか言うようなイメージです。

なので具体的に自分のコミュ障がどういうものなのか、ハッキリとわかってるわけじゃないんですよね。


で、たまにネットとか本とかで「これはまさに!」と自分に突き刺さるような話を知ると、俄然興味を持ちます。
コミュ障とは何か、自分はどういう人間なのか、その実像を知るジグソーパズルのピースを見つけたような気分になります。

そういうのを今日偶然知りました。
後で書こうとか思ってると面倒臭くなったり、印象があやふやになって書けなくなったりするので今のうちに書いときますw
余談ですがこういうことできるのも在宅仕事の強みw


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といってもちゃんとそれを読んではないのですが、どうやら発達障害のお子さんがおられるらしいテレビマンの方の記事。
記事のいくつかを読ませてもらいましたが、どうやら著者ご自身も障害と呼ばれるようなパーソナリティを持たれているようです。

特殊なパーソナリティの方々の生々しい苦労や人生を垣間見た気がします。
ネットのスラング的意味の「コミュ障」ではなく、ガチです。

奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」 | 現代ビジネス [講談社]


いつも見ているブログにこの記事のリンクがあって知りました。
奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第11回】 「自分は嫌われている」と初めて知った日の衝撃 | 奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」 | 現代ビジネス [講談社]

簡単に言うと、著者のパーソナリティには思ったことを率直に言ってしまうようなところがあるみたいです。

それには普通の人間が思わずためらうような内容も含まれているようで、例えばテストで0点を取った同級生に「なんで0点を取ったの?」と聞いてしまうようなこと。
ちなみにこれは嫌味でも皮肉でもなく、「純粋な疑問」であるとのことです。
他にも他人から好意でしてもらったことに対し、それがイマイチなことであるとお礼よりもそのことに対する指摘が最初に口をついてしまうといった感じでしょうか。

発達障害と言うのか、アスペルガーというのか詳しく知りませんが、そういう方向性のもののようです。
著者には他にも数分単位でスケジュールを組んだり、スキャンで画像を読み込むような記憶の仕方ができるといった特徴があるとのこと。


物事は何事も一長一短、とは言うものの、こういう特徴を持っていると周囲との軋轢が大きくなりやすいもの。
著者ご自身もかなりのご苦労をされたようです。

上の記事の内容は、高校のとき「自分は嫌われている」と知った出来事の顛末とその衝撃、表面上の人付き合いのテクニックを必死で学んだ事、それで人付き合いは円滑にいくようになったものの他人の気持ちがわかるようになったわけではないこと、などが書かれてます。



ちゃんとすべて読むには時間が必要になりそうなほど重厚な内容ですが、他にもいくつかの記事を読ませてもらいました。

発達障害のような特徴を抱えて生きる人生がいかに大変かがよくわかったのがこちら
奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第18回】 どの会社でも嫌われ、転職を繰り返して見つけた「生きる道」 | 奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」 | 現代ビジネス [講談社]


そして第三者の勝手な感想だとは思いますが、著者の方の巡り合わせに人生の不思議さを感じたのがコチラ
奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第15回】 同じ障害を抱えた、ものすごい変わり者の親友たち | 奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」 | 現代ビジネス [講談社]

奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第19回】 「自分の欠点がすべて武器になる職場」と出会った | 奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」 | 現代ビジネス [講談社]


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これらを読んで、「本当に次元が違う障害の人もおられるのだな」という思いと、「自分がずっと感じていた『周囲の人間との温度差』ってコレだったのかも…」という思いと、両方感じました。

自分はここまでではないかなーという気もしますが、これの要素を持ち合わせているような気もして悩ましかったです。


自分はとにかく気が小さい人間ですけど、これまでその気の小ささに助けられてきた部分ってあった気がするんですよ。

自分は他人の感情の機微があまりわからず、また一人の人間として無感動なところがあって、他人との間で気持ちを共感・共鳴させた記憶があまりありません。
なので「他人に何かしてもらっても、そのことに対するお礼をまず言えない」というところとか、正直ギクリとしましたねw

でも気が小さいばかりに、必要以上におどおどすることが多かったので、とりあえず「スイマセン」って言ったり、必要以上(呪文のようにw)にお礼を言ったりしていたところもあったので、なんとなく必要以上に攻撃されることはなかった感じです。

学生時代、いじめに遭ってても正直おかしくなかった状況で無事卒業できたのは、気が小さいばかりに周囲に自分を出せなかったからというのもかなり大きいです。


もし自分が周囲に自分を出せて、本音をダダ漏れさせてしまうパーソナリティだったとしたらと思うとゾッとします。
先の記事にも書かれていましたが、あのような特徴を持つ人達の中には学生時代も大人になってからも、いじめや無視、冷遇といった対応を受けて社会から孤立してしまう人が多いそうです。

間違っても他人事ではいられません。



他人との付き合い方のコツを勉強して、テクニックを身に付けたらうまくいくようになったという経験も何となく覚えがあるような、ないようなといった感じ。

高校生の頃、自分もまったく周囲になじめず、かなり困ってました。アンド、クラスでかなり浮いてました。

その頃、当時の自分から見たら雲の上にいるような、非常に人付き合いが上手い、そして人を笑わせるのが上手いユニークな奴がいて、そいつがまたどういうワケか自分と仲良くしてくれたので、当時、自分もまさに必死でそいつから人付き合いのテクニックを学ぼうとしていたことがありました。

困ったときに本を読むようになったのもちょうどその頃からですね。
自分と「自己啓発」という分野の本との出会いはそこです。
ファンタジーや小説以外に初めて意識的に読んだ本は忘れもしない、なぜかいつもうまくいく人という本です。
当時の自分はまさに「なぜかいつもうまくいかない人」でしたねwww
運も間も、すべてが抜けてました。だからこそこのタイトルに惹かれ、図書館から借りてきてました。


これらですべてがうまくいくようになったかと聞かれたら、微妙な感じですw
ただ、「自分で何とかしよう」という姿勢が生まれたのはこの頃なので、人生最初の巨大なターニングポイントではあります。


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さっきから何が言いたいのかというと、自分もそうやって「表面的なテクニック」を学ぼうとしてきた人間なので、一応「こういうときはこうするのがいいんだろうなー」というのは頭にあったりします(やる・やらないは別として)が、だからといって人が好きとか、人の何たるかを知ってるとか、親切とか優しいとか、そういう人間ではないということです。

現在も、幸運なことに人付き合いの上手な知り合いがごく近くにいますので、その人の言動や立ち振る舞い、行動原理などを学び、機械的にマネている部分もあります。
それによって表面的に人付き合いがスムーズになったようなところはある気がします。

でも「他人の気持ちがわかるようになったわけではない」という点はありますね。
「こういうときはこういう風にお礼を言うらしい」とわかり、とりあえずそれをマネてはみるけど、だからといって相手にちゃんと感謝しているわけではないというか。
「自分が今思ってること言うとモメるんだろうなー、たぶん殺されるなーwww」とか思ってるときはたまにありますw



視点をこれまで出会ってきた「まるで鏡に映った自分」と思えるような人達に移してみても、なんだか思い当たる節があるような気がして悩ましかったです。

最初の就職先で出会った人、そして父。

なにやら本当に上の記事で読んだような特徴が当てはまるような気がして、何とも。あまり滅多なことは言えませんが。
周囲とのトラブルが多いという点、そして常識という基準から言うと会話のキャッチボールがスムーズにいかないという点あたりが何とも思わせぶり。

父の場合、とにかく事前に予定を立て、それを完璧に遂行したがる点、それが崩れるとパニックに陥る点などがなんとも。ちなみに父も数学畑出身です。うーん…。



まだ頭の中でいろんなことが渦巻いてますが、これまで正体のつかめなかったもののヒントが、まるでジグソーパズルの一ピース分でも見つかると、対処のしようもありそうでいい感じです。

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