NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

家に感謝 土地に感謝

シェアハウスから撤収完了しました。引っ越しって本当はもっと大変だと思うんですが、自分の引っ越し先は地元に戻るだけみたいな感じなんで実に気楽なもんでした。
これまでハウスの共有物を使わせてもらってたのもあって自分の荷物も相当少ないですしねw

一人暮らしに入るので、これからいろいろ細々したものを揃えなくてはならないわけですが('A`)



そんなわけでまあそんなに意気込む必要もないさと思っていた引っ越しでしたが、いざ本当に撤収してみると後ろ髪引かれる思いが…w
自分の部屋に残しておいた最低限の荷物も車に積み込み、部屋の最後の掃除をして、夕方くらいにはがらんどうになった部屋で最後にぼ〜っとしてたところ、とても不思議な気分でした。

ああ、この部屋ってこんなに広かったんだなとか。
荷物がなくなったらこんなに部屋の奥の方まで日が射すんだとか。
収納スペース本当広いな、全然使ってなかったなとか。

このがらんどうなスペースがあったからこそ、自分の二年間って普通に回ってたんだなとか。
住み始めるとありがたみを意識しなくなるけど、この部屋抜きにこの日常は成り立ち得なかったよなーなどと実感しました。

そしてその部屋があるその家が普通にあるためには、その土地に天変地異的な何かが起きず、普通に回ってくれていたからっていうのもありますよね。大げさな話かもしれないですけど。
土地が普通に回ってくれて、そして家が普通にあって、初めて自分の何げない日常ってものが回り始めるんだと、こういう機会に思い知らされます。




そんな感じでただでさえ感傷的になっているのに、二年も暮らしたせいか、日の傾き具合から「この時間にはだいたいこういうこと普段はやってるんだよなぁ」とかいうのが自然に頭に浮かんできて、ますます名残り惜しさがw
すっかり見慣れてる、自分の日常と強烈にリンクしている西日が、まったく見慣れていないがらんどうの部屋に射しこんでいるという光景には胸が締め付けられましたw

近所の家から聞こえてくる普段の生活の音の中に自分がいられないというのも不思議な感覚ですね。自分がいなくなった後も、何の支障もなく隣近所の日常は回っていくのかと思うと、ますます不思議な感覚です。

ここで繰り広げられている日常の中に自分はもう戻ることはないのかと思うと、とても貴重な時間を過ごしたのだなぁと改めて思います。


というようなことを感じていたせいか、あとは車にちょいと乗っていけばいいだけという状況のせいか、必要以上にぐずぐずしていて、結局日が完全に落ちてから出発したくらいです。
単なる引っ越しで、それも遠方に行くという感じじゃない引っ越しで、普通はここまで感傷に浸ったりはしないんでしょうねwww

学生時代のように特別青春を過ごしたわけでもないのに、この有様はどうなんだろうと思わなくもなかったですw

が、それだけ体感時間よりも長い時間をここで過ごしていたのかもなぁとも思いました。具体的にはもう思い出せないけど、忘れてしまった分も含めれば決して少なくない時間だったのかもしれません。



「もし引っ越しをしなかったとしたら?」というのを考えてみると、自分が今何をしてそうか、かなりリアルに想像がつくんですが、そっちの道を自分は選びませんでした。
いざ離れてみるとここまで後ろ髪引かれるとは思いませんでしたが、これもいろんな出来事や自分の思うところあってのこと。

後ばかり振り返って新しい出会いや発見を見落とさないように注意したいところです。

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