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NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

影を好む

前回書いたことの続きとか、元から何となく思ってたこととかちょっと書いてみようと思います。
と、思って書いてみたら本人の予想以上にとりとめがなくなってワケわからん文になったので閲覧注意にしておきますwww
精神に余裕がある人だけお読みください









自分は、元々「影を好む」と言えるようなところがあります。
昼よりは夜が好きだし、太陽よりは月が好きだし、ハートフルなものより殺伐とした無機質さの方が好きな気がするし、愛や喜びより悲哀や悲劇の方が好きな気がするし、みんなでワイワイやるより一人孤独にひたる哀愁の方が好きなような気がするし、、、というところです。
「気がする」ってのが多いのがまあ微妙なんですがw

そういう質のゲームとか、アニメとか、漫画とかばっかり触れてきて、中二病をこじらせてそんな感じになってるだけで、本当に悲哀とか悲劇とか孤独とかを自分が好きなのかどうかってのはこれまたよくわからないんですけどねー。


でもなんか昔っから自分はそういう素直じゃないというか、妙にひねくれたところがあって、「みんなで楽しく遊びましょう」とかいう系のアットホームさに「ケッ」って思ってるようなところとか、そうやって斜に構えてるんだけど実は単にムズムズする居心地の悪さを感じてるだけだったり、まあそういうところがあった気がします。

だから自分がコミュ障気味というのを差し引いても、アットホームな人間関係が残ってる田舎より殺伐とした乾いた空気が漂ってて自分も他人もたいして大事じゃない…みたいな都会の空気が好きなところがありました。
都会に対する憧れとかこういう部分に根差してる気がします。



だから自分はシステマチックなんだけどどこか冷たさのある都会的なもの、資本主義的なもの、画一的なものがけっこう好きなんだと思います。元々はそういうタイプの人間なんだと思います。

だからまあ、前回もちょっと書きましたけど、資本主義的なものって妙に憧れをもって眺めてた気がするし、マックとか本当にすごいというか、なんか面白いなと思っていた部分もあった気がします。

こんなこと言ったらふざけんなという話ですけど、マックってなんかハリボテみたいな気がするんですよね。施設もシステムも。
そしてそこで働いてる人達も、そこで働いてる間だけハリボテに書かれた絵の中に入り込んでるような感じがして、妙に現実感がないように感じられるというか。

「マック」ってもの自体が遊園地の中にある施設の一つのように感じられるというか、こんな薄っぺらいもんがコテコテに装飾されて世界各地に仰々しく立ってるとか、なんか本当に現実感がないというか、なんか風邪ひいたときに見る夢のような光景だとたまに思います。

そしてもう資本主義そのものがなんか一つのテーマパークに思えるというか、なんかマックも含めて資本主義そのものがみんなでやってるお遊戯のようなものなんじゃないかと感じられることがたまにあります。
みんな大真面目に資本主義的に生きてますけど、仕事とか給料とか家計のやりくりとか、そういうの全部なにもかもゲーム的というか、まるで自分が自分をプレイヤーとして遊ぶロールプレイングゲームとかやってんじゃないかと、そう思えたりします。


で、自分はそういう妙な世界で、殺伐と生きていければいい、みたいな妙な美意識を持っていたような気がします。
街も人もすべて幾何学的な場所で、機能的で合理的でとても暮らしやすいんだけど温かみがない、みたいな。そういう人生に根拠のない憧れを持っていたような、そんな感じです。

百均のチープな食器とか超好きですw
おもちゃみたいなスプーンにフォーク、プレート使って、腹が減ったらそれこそ埃被ってるけど品質には問題ない缶詰でも食べて、キャンベルスープでも飲んで、添加物だけでできてんじゃないかと思えるようなカップ麺や菓子パンとか食べて、錆びれた自販機でコーラでも買って…っていう人生。
元々はこういうのがいいなって感じちゃう人間なんだと思います。

近所のしょぼい大型スーパーにちょっとしたバイキング形式の食べるところがあるんですが、そこがなんかこんな感じなんですよw
プレートがホントおもちゃみたいでw
椅子もテーブルも何もかも安っぽくて、置いてある食べ物もなんか安っぽくて、デザートなんか水色のゼリーとかあって(体に超良さそう!)、そんな安っぽいレストランでオトナが大真面目な顔してご飯食べてるのがなんかおかしくってw

自分もその光景に混ざりたくて一回意味も無く行ったことがありますw


―――――――――


殺伐とした幾何学的な世界で、殺伐と幾何学的な人生を送れたらなーなんて憧れをどこかで持っていたような気がするわけですが、そういう環境・そういう生き方にいると頻繁に体を壊すという現実に直面しまして。

昼よりは夜が好きで、だったら夜型の生活にすればいいじゃないか、なんて合理的!俺頭いい!みたいに学生時代に思ってやってみたらなぜかそのタイミングで虫歯になってそれどころじゃなくなって気がついたら昼型に戻ってたし。
最近、今の生活の中でちょっと生活リズムが後ろにずれ込んでて、夜1〜3時くらいに布団に入る生活をしてると慢性的に調子悪いわついでに腹具合まで悪くなるわ、え?もしかして痔になったのもそのせい?いやそれはないか…みたいなのが実は最近の状況でして。

最近、ちょっと生活リズムを整えようと思って、どうかしたら夜11時には布団に入る生活を心がけてました。
おかげでちょっと体調戻った気がしますね。ちょっとだけですけど。ブログの更新がちょっと止まってたのはその関係でブログ書く時間がなかなか取れなかったというのもあります(だいたい夜書いてますからw)
自分の場合、体調が全体的に崩れやすくなるスイッチは「睡眠不足」と「夜更かし」のようだと最近思ってます。

だから、ま、早寝早起きしましょうってことなんですかね!
夜の方が好きなのに!?



という感じで、無機質で殺伐として、幾何学的なシステマチックさの中で軽やかに生きていく人生に憧れてたのに、そういうのやると一人で体壊してスッ転ぶという現実に挫折して、自分的には必死でそうなる理由を調べてみて、ちょっとヒントらしきものを見つけて、その結果「あ、もしかしてそういうのってダメなの…?」みたいな気配を感じ始めたという流れだったのかなと。

人口添加物ゴリゴリの食べ物は体に悪いとか、資本主義はもうダメだとか、そういうの自分の肌で感じてる面もあるけど、どっちかというと他人の受け売りみたいなところが大きくて、どちらかといえば自分の元々の嗜好的にはそういうのが好きな質だったのかなぁ…ということをちょっと思います。
今でこそ菜食チックなこともやってますが、元々は肉好きな奴でしたし、ラブアンドピースより殺伐なデスマッチの方が好きなのかもしれないですし…。



ずーっと前からそういう「影を好む」と言えそうなところが自分にはあるって薄々は思ってたんですけどね。
でもそういう自分が好きな影というものに触れようとすると体壊して挫折…という現実を前に、いったいどうすればいいのかちょっと戸惑ってるというところなのかもしれません。

菜食とかなんだかんだは結局は体調不良に押されてやむなくってところが、やっぱり自分には大きそうですね。
元々持ってた殺伐とした世界感にちょっとしたノスタルジーを持ってるのかもしれなくて、それがウォーホルさんの一部作品に強く惹きつけられるという形で出たのかなーなどと思ってました。

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