NCの日記

孤立気味に生きてきたおっさんの日記です

歳を取るということ

もうけっこうというか、かなりいい歳なので「年取ったなぁ」と思うことが最近特に増えてきた感じです。
そういえば前に紹介した本で若林さんなんかは「若者という言葉にもう自分が含まれていないことを自覚している」みたいなことを書かれていた気がするのですが、自分はまだその心境には達しきれていません。

でもたぶん、年齢的にもう自分は若者という言葉に含まれてはいないですね、たぶん。
それをそろそろ自覚せんとなぁとは思っています。精神年齢が同年代よりだいたい3年くらい遅れてるので、まだその辺の感覚が追い付けていない感じで、とても残念な奴です。




が、単に歳を取ったなぁというのは自分一人の感想だけじゃなくて、周囲の環境の変化で強制的に知らされることもあるんですよね…。最近、よくそう思います。

学生時代からの付き合いのあるヤツに会ったところ、「親は元気だけど、まだ元気なんだけど、だんだん歳を取っていく姿を見るのがつらい」って言ってまして、なんかなぁと。

わかるんですよね、それ(´・ω・`)
自分もめっちゃそんな心境です。


自分はまだ若いって言い張るのはいいですよ。
それは個人の勝手で、そうしようと思えばいくらでもそうすることはできます。
むしろそうやって気を張っていた方がいいことも多いと思いますしね。いっつも「歳くったな…」とか思ってるのはちょっと不健康だとは思います。

ただ、いくら自分にそう言い聞かせたところで、周りの変化はどうしようもないと言いますか。

自分が若くあろうと思えば努力のしようもあるでしょうが、親が年取って弱っていくのはどうしようもないですしね。
まだ元気なんだけど、なんか年取ったなぁ…という親の背中を見るにつけ、自分がもうかなりいい歳なのを思い知らされます。



しゃきしゃきしてて頼りきりだった親の背中。
時には反発も隠せなかった親の背中。
それがみょうにしぼんでしまったように見えたとき、自分はいったい何やってんだろうなという気がするときもあります。

とくに、少し前に祖父が亡くなりました。
歳を取れば人は死ぬ。当たり前すぎる当たり前だけど、「知ってる人がいなくなる」、「当たり前のようにいた親族が減る」ということを自分の目で見て体感すると、そのインパクトのでかさ、そしてそれでいかに生活がバタバタするか。

強烈な体験でした。



年老いた親の面倒を子供が見るというのはテンプレ通りな一つの形ですが、それがいかに難しいことかというのは今回の経験でよくわかりました。
さりとて面倒を見ないわけにもいかず…というのもありますしね。

なんか、いまだに10代かというような反発心を親に持ってる場合でもないのかもしれないですね。

自分の親に対してはとても複雑な思いがあります。
複雑な家庭だったとかそんな深刻な奴じゃなくて、ものすごい個人的な話でしかないわけですけど。

それでもまあ一応もやもやしたものを持ってるわけですが…。
自分の親はもう、そういう幼稚な反発心の相手をしてくれるような歳ではないのかもしれないなとちょっと思います。



立ち上がるとき、たまに「よっこいせ」と机に手をついて立ち上がるようになった親を見て、なんだか自分が小学生の頃に見ていた祖父母の姿と重なるなと気付いて、非常にズーンと来ます。

だからといって今すぐ生活を変えよう!とか思いませんが(たぶんロクなことにならないので)、ああ、もう自分はそういう歳になったんだなと思わずにいられません。




余談ですが、若林さんは確か「20代はまったくいいことがなかったので、戻りたいとか思わないし、未練もない」的なことを書かれていたように思います。
自分はむしろ20代の頃こそいろいろ楽しかったので、戻りたいってのは違いますがノスタルジーは感じます。未練もタラタラですw

若者という言葉への妙な未練は適当なところで断ち切りたいところです。

でもそういえば自分、10代は暗黒時代でしたので、10代にはまったくなびかないんですよねwww
戻りたいなんて死んでも思わないし、甘酸っぱいティーンな感覚とか時代とか、まったくなんとも思いません。未練ゼロですwww

って思うと、ああ若林さんのおっしゃてることちょっとわかるかも、と思いますし、よっぽどどん底の20代を過ごされたんだなぁ…などと思います。


自分の歳を自覚できないってのは精神的に幼いからってのもあるんですが、それだけいい20代を過ごせたってこともあるのかもな、と自分を慰めたりしてますw

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