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NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

アスペの自覚はスタートライン

コミュ障人生

もしや自分アスペ?的な目を向けると、これまでのことにわりと説明がついたりすると、別方向の人生が一気に開けたような気にもなるんですが、実際はスタートラインに過ぎないんですよね。

仮に自分が本当にアスペで、アスペのことを知ったからと言って、目先の問題がきれいに解決するわけでもないんです。


アスペは近眼みたいなものだと思う

アスペルガーは病気かどうか微妙なところで、脳の働き方が違うだけという話もあるみたいです。

だから治すとか、そういう方向では考えない方が現実的かもと思っています。


いわば近眼みたいなもので、一般平均より物の見え方が違うんだろうなと。そしてそれは病気じゃなくて、もって生まれた物理的なステータスと捉えた方がいいのかもしれません。


今までおかしいおかしいと思ってきた理由が、「自分の視力が低かったから」ということが分かった途端に、視力が良くなるとか、ないですよね。
「ああ、自分は目が悪かったんだな」と気づいて納得はしますが、さりとて状況は変わらず、やはり視力は低いままです。



アスペもそんな感じで、自分の物の見方・感じ方・解釈の仕方が世間一般とずれていたらしく、そしてそれは物理的な呪いだとわかったところで、自分を苦しめる妙な物の見方が外れてくれるわけでもありません。

アスペとわかったらゴールじゃなくて、それはまた長い長い道のりの始まりでしかないんですよね。

向いてないことは、向いてない

アスペ的な物の見方や行動を責めたところで、それは近眼の人の視力の低さを責めるのと同じことで、あまりいいことにはならないと思います。
根性や心構えでどうにかできる問題でもありませんので。


さりとて、視力が必要になるような環境や行動に、近眼の人がメガネもかけずにのこのこ出ていくとひんしゅく買うのも当然の話でして。

自分に物理的に向いていないと思える環境は、可能な限り避けるというのが一番現実的だと思います。

それは逃げでも甘えでもないと思うんですよね。
目が悪い人がメガネもかけずに車運転するとか、普通に迷惑でしょうから。ヘタすりゃ過失致死のレベルになると思いますので。



自分には物理的に向いていないと思えることは、無理に克服しようとかしなくていい気がします。それがアスペや近眼のように、自分の物理的なスペックであるなら。

なかなか難しいですが、長期的な方針としては、「アスペを治す」より、「アスペ的特徴に足を引っ張られない生き方(環境)を探す(作る)」の方が可能性があるように、今は感じています。

アスペの生きる道

まだ始まったばかりの道のりなので、自分もよくわかりませんが、ふわっと書きますw


アスペは静かで落ち着いた環境の方が向いている気がしますので、安アパートとかには住まない方がいいかもですねw

仕事はルーティンワーク的な形でできる仕事の方がよく、目先レベルでは人よりモノを相手にした方が無難のようです(技術者や在庫管理者とか)。
接客とかマニュアル化できないアドリブが重要な仕事は避けた方がいいかもしれません。職場も、人間関係が濃い場所はあまり向いてない気がします。

決められたことを決められた通りに実践することが喜ばれる環境を探していきたいところですね。まだまだ自分も道の途上です。




若干飛躍したことも可能性として書いておきますが、どうしても周囲と会話が噛み合わないとき、アスペにとっては日本文化や日本語より、英語文化や英語の方が向いているという話も、どっか読んだ気がします。

日本語は主語が省略されたり、意思疎通が曖昧な相槌で済まされてしまったりするので、アスペにとっては不利な環境だと。


英語だと、独り言でも主語・述語・目的語を完璧に並べてたりするんですよね。日常会話や頭の中での思考でもそうなのかわかりませんが、日本人的感覚からしたら、けっこう違和感があります。

あまりよくないけど、おなじみの対訳サザエさんから一コマ紹介しときます。
一番下のコマのサザエさんの呟きですが、明らかに独り言なのに、主語や述語などがわりとハッキリしているように自分は感じます。

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「I wonder if~(~かなぁ)」。
慣用句ですけど、「私は~かなぁと思う」的なニュアンスを、主語・述語・目的語を漏れなく並べることで表現しているんですよね。(合ってるかどうかわかりませんがw)

すべての日常会話でもそうだとは限りませんが、少なくとも日本語よりは英語の方が、自分が伝えたいことや伝えたい相手を明確に言葉で表現する言語ですので、曖昧さを苦手とするアスペにはまだ向いているってことのようです。


また、英語文化圏は自分が考えていることをハッキリ伝えることを是とする文化(らしい)ですので、そういう点でもアスペ向きです。

「言わなくてもわかる」を美点としがちな日本文化は特にアスペに不利ですから、どうしても生きる道が見つからなければ、英語や英語文化圏で生きるという可能性も、一応知っておいて損はないかと思います。



――――――


最後の英語うんぬんの話はまだまだ与太話のレベルで、自分もまだまだ道の途上です。途中で果てるかもしれませんがw


ここ1~2年は在宅ライター業で偶然生きられましたが、今年もそれで乗り切れるかは微妙です。雲行きが怪しくなってきたところもあります。

これは自営業の避けられない宿命ですけどね。

それでも勤め人よりはマシと感じる部分もないではありません。
どうやら自分のアスペはブレーキの壊れた几帳面系っぽいので、評価基準がハッキリしていて、良くも悪くも自分の仕事がダイレクトに評価される方が心地良いみたいです。

長生きはできないかもしれませんけどねw



まあ、勤め人もアスペ向きな仕事っていう目線で探してみればまた違うものが見つかるのかもしれません。アスペ的特徴を持っていてもムリなく生きられる生き方があれば、無理に今の生き方にしがみつく必要もないかなとは思っています。

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