NCの日記

孤立気味に生きてきたおっさんの日記です

仕事がないのは便利な証拠

最近、自動運転車の記事をちらほら見かけて、いろいろ思うところがあります。

真っ先に思うのが、車の運転でこれまで生きてきた人は、仕事がなくなっていくのかもなーってことです。

自分は車で生きてる人間ではないですし、車ラバーな人間でもないので、自動運転車はむしろ歓迎派なんですけど、一悶着ありそうですよね。






「今までやってきた仕事がなくなる」ってのは、我が事として考えてもかなりヒヤリとします。

が、世の中の構造自体が変わったことで仕事がなくなるのは、それだけ「人間が自分の手でやらないといけないタスクが減った」ということでもありますよね。

メールがあれば手紙は(前ほどには)いらなくなる、みたいな。



これまでの資本主義的な、「働かざる者食うべからず」的な考えでいくと、「仕事がなくなるなんてトンデモナイ!」になるとは思うんですが、そもそも人手がいらなくなる方向に世の中に変わったのなら、もうしゃーないとしか言いようがないですよねw

「リストラ」とは、ちょっと違うような印象を受けます。

何かが悪い、誰かが悪い・・・じゃなくて、単に構造が変わったから「もうそれ要らんくなったんよ」みたいな、ゆるい感じの。




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で、そういうのを突き詰めていくと、結局「手間の少ない世の中」になってるんだから、全員が常にフルタイムで働かなきゃいけないってのも、なんかおかしいですよね。

仕事してない人が白い目で見られるのは、全員が一致団結して働かなきゃ生きられなかった時代だけなのでは?と、最近思えてならないのです。


全員がヒイコラ言って働くのがキツイから、機械やプログラムみたいなテクノロジーで置き換えて、楽になってきたわけですよね。

仕事がなくなったのはその結果で、むしろそれが当初の目的だったのでは?と。






本当はもう仕事自体がないのに、「仕事してないのはおかしいから」とか、「仕事してないと不安だから」とかいって、本当は必要ない仕事を無理やり作り出してまで働くのも、なんかなーという感想です。

その「無理やり作り出した仕事」がまだいい結果になっていればいいですが、それがかえって他人の足を引っ張るような結果を生んでいれば、本末転倒としか言いようがないわけですし。




まあ、自分事として考えると、なかなか大変ではあります。

が、仮に「世の中の変化」で仕事がなくなったとすると、仕事がなくなる代わりに、前よりも便利な世の中で生きられるわけですから、それを前向きに活かせないものか・・・と、最近よく悩んでいます。


「仕事がなくなる」にゲンナリしつつも、どこかで「ヨッシャ!また楽な世の中になった!」と思って迎えたいものなんですけどねー。

世の中の変化で仕事がなくなった人にも「スキルがないから職を失くした負け組」的な目を向けるのではなく、「これまでお疲れさん」的な感じで、ゆるく引き受けたらお互い生きやすい気がしますね。



まあ本当に、たまにニートになってもいい気がしますよ。
これだけ変化が激しい時代に、そんな都合よくポンポン働ける人ばかりじゃない気がします。



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このモヤモヤをどうしたらいいのか。


ちょっとウロ覚えな受け売りですが、昔何かの本で「一部の仕事(主に一次産業)以外はもう娯楽」的なことを読んだ記憶があります。


人間の生死、そして衣食住に関わる仕事以外は、ぶっちゃけなくてもいいよね的な意見ですね。

極端なまとめ方だとは思いますが、ニュアンス面では同意です。




そんなもんだよね、と思います。

自分の仕事や、特定の企業・業種がなくなっても、世の中のほとんどの人は困らないんだよね・・・と。テクノロジーで置き換えられるような分野は、特に。

そしてぶっちゃけ、自分自身も「生活の糧がなくなること」を除いて、仕事がなくなっても困らないんですよね。




そんな感じなんだから、もう最低限の生活費を全員分保証すりゃいーんじゃねーの?という提案をされてた気がします。

全員の生活が保障されてりゃ、古い常識にとらわれてつまらない仕事をして、他人の足を引っ張るヤツも減るんじゃね?的な。

むしろ生活は保障してやるから、つまらんことするヤツは人の足引っ張るのやめれ的なねw

イデアは面白いと思います。





まあ、いろいろあるとは思いますが、「仕事がない奴は死ね」じゃなくて、「ぶっちゃけ、そんなに必要な仕事ってないよねw」に変わって、そして「よりよく働いた奴にプラスαを回す」的な世の中になってほしいなぁと思ってます。

減点式じゃなくて加点式な感じの。