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NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

発達障害のことを知ってから意識高い悩みが減った

コミュ障人生

自分はこれまで、「もっと頑張らないといけない」「何週遅れの人生送ってるのかわからない」と、焦りのような思いがずっとくすぶってました。

それもあり、1日1冊本を読むようなこともやってました。


が、実はもう1日1冊読書はもうやってません。発達障害のことを知って焦りのような気持ちが一気に消え、本を読む機会もかなり減りました。

いいことかどうかはよくわかりませんが、個人的にはかなり楽になった印象です。



これまでの経緯はしゃーないもんと納得がいった

これまでの黒歴史、とくに「高校時代」は本当に黒歴史の塊で、あそこまで周囲から浮いてた時代ってなかったんですが、その原因はたぶん発達障害系の何かだったんでしょう。

あの時代のことを思うと、本当に自分が情けなく、どこまで未熟な人間なんだろうと落ち込みますが、それがもうしゃーないもんだったと納得がいきました。


あれはもうある種の障害の何かだったので本当にしゃーなかったとした言いようがないし、今後、似たようなシチュエーションになれば、何度でも同じことになるのだろうと。

このことに、心から納得がいきました。



高校時代を終えてから、思えばずっと「このままじゃいけない!」「もっと頑張らないと!」といった、自分を追い立てるような気持ちがありました。

が、その割には大したこともできず、気持ちだけが空回りして、同級生の中でずっと「周回遅れ状態」は続いてました。今もそうです。



この状態の原因が発達障害にあったなら、こうなったのは必然だったし、これを直すこともどうやら現実的でなさそうだとわかったわけです。

それ以来、ずっと自分を追い立ててきた意識高い系の悩みが、本当に心から消えました。



「このままでいいのか?」「本当にこれでいいのか?」と、特に根拠のない不安にさいなまれてきましたけど、今はもうそういのありません。

「これでいいのだ」という気分ですw


ここまで意識高い悩みが消えたのは、「ゆるく考えよう」を初めて読んだとき以来です。

あのときも一瞬「これでいいのだ」と思え、かなり楽になってましたが、やはりあれは他人様の言葉であり、自分自身の言葉ではなかったと今は感じます。

何かのきっかけでまた「いや、やっぱりこれでいいのか?」と迷いが生じ、結局元に戻りましたから。



それに比べると、今回の「これでいいのだ」は本当に自分の言葉です。前よりもずっと深くて広いと感じます。

このようになって以来、習慣として続けていた読書へのモチベは激下がりです。

裏返せば、これまで読書を続けていたモチベとは「根拠のない漠然とした焦りや不安」だったわけで、それがなくなれば、読書もせんよねと。


根拠のない焦りに追い立てられ、ビジネス本や自己啓発本を読み漁ることは、すっかりなくなりました。



本の乱読は自分にとって薬よりも毒になると思った話

もちろん、本を読むこと自体は勉強になりますし、今もまったくやってないわけではありません。ただ、前よりも量より質を精査するようになった気はします。

なんとなくで本を選ぶことはなくなった気がします。



というのも、発達障害の特性の一つで「他人の話をうのみにする」と言う傾向があるのですよ。「嘘を嘘と気付けない」とも言えます。

根拠のない話をうのみにしたり、他人からの誘いを断れなかったり、冗談を真に受けたり、いろいろ思い当たる節はあります。

父もこういうところありますね。怪しいセールスの電話を(そうだと気付きながら)30分近く切れなかったりしてますからね。



本の中にも、デマやセールストーク、悪気はないけど間違っている話など、いろいろなものがあります。

それらをいちいち真に受けてしまう自分は、少なくとも「乱読」は向いていない気がしました。

自分との関係性の薄い本、情報の真偽が怪しい本は、そもそも読まない方が自分のためになると感じます。




また、発達障害系の問題で肝心なのは「わかっててもできないこと」なんですよね。話としては分かってるんです。わかってる上で実行できないのが問題なんです。

そこに刺さる本が、少ないんですよね。特にビジネス本や自己啓発は。


これら本は、単なる心構えの問題だったり、再現性のない著者の体験談だったりがずらずら載ってるだけで「わかってるけど出来ない人」への解決策が特に載っていない印象が非常に強いです。

「失敗してもくじけるな!!」とか言われても、失敗したときの記憶が自動スキルで延々と脳内再生され続ける人はどーすりゃいいのよ?な話で。


ただ、これもしゃーないなという気持ちです。これら本の著者も、発達障害の人を読者として想定していないでしょうしね。発達障害って少数派ですし。

これらはあくまで「メンタル系の疾患がない大多数の人」に向けて書かれた本で、それをこちらが読む方が問題だと感じるようになりました。

著者はもちろん「○○で悩んでいる皆さんへ!」という体で書いてますが、ここでいう「皆さん」に自分は含まれていないのだろうと、最近は思います。



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そんなアレコレがあり、本を毎日読むモチベーションも、本を読むメリットも感じなくなりました。



一部の本や読書は、自分にとって薬よりも毒になるものがあると感じるようになって以来、毎日1冊本を読もう習慣は、自分の中で急速にすたれていきました。

本を読んで余計に迷うくらいなら、ごろごろして活力を貯めた方がマシだわ、と。


「これはすごく大事なことが書いてある!」と思って以前購入した一部の自己啓発本も、最近かなり処分しました。

「大事なことが書いてある」と感じたそれ自体が、ただの発達障害だったと思えることが増えたからです。




自分が今必要としているのは、あくまで発達障害に関する諸知識や対応法です。

それがないと、自分の行動形式や物の感じ方は、自分も周りも理解できない気がします。

これまでの経験や、大事だと思って持っている持ち物などは、一度すべて発達障害というフィルターで棚卸が必要とも思っています。



そのためにも、一度発達障害の検査を受けてみようかなぁ・・・と思い、病院を探して予約取ったら半年待ちとかw

最短で取れる次の予約が7月とかねw 一応取ったけど忘れそう。


こんだけ発達障害とか言っときながら、ただの「自閉傾向」程度で障害ほどじゃないですとか言われたらまたしても黒歴史なんだけど、それもあり得る気がします。

アスペルガーの簡易チェックしたら、だいたい「あと一歩でアスペルガーの疑い」ぐらいですからね。

atmentalhealth.jp

66点以上でアスペの疑いだそうです。自分は62点でした。うふふ。

こういうのもあって、一度診てもらいたいんですよねぇ。




ま、漠然とした不安が消えたのは楽になったし、また変わるかもしれませんけど、今の状態は悪くないと思っています。

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