NCの日記

孤立気味に生きてきたおっさんの日記です

計画性のあるゲームが好きだったと気付くなど

去年の秋ごろ、『FFT』というゲームをやってました。


この作品は『FFシリーズ』の中では異色(たぶん)で、非常にシビアに戦略性が問われるゲームです。格ゲー的アクションを好む人には「面倒くさいわw」と思われるシステムですが、自分は大好きです。そして得意です。歳を取るごとに、この手のゲームは上手くなる気がします。

去年、ふてくされの一環でこのゲームをひたすらやってた1週間があり、改めて、この手の計画性(戦略性)好きねーと思っていたのですが、案外自分が好きなゲームの共通項はこの「計画性」だったし、もっと言えば自分自身の「好き・得意」のキーワードの一つこれだったのでは?などと思いました。

FFTをちょっと語る

FFTのシステムって、強引にたとえるなら「すごろく」っぽいです。

バトルフィールドは「○マス×○マス」と範囲が決まっており、各キャラクターはその範囲内で動き回ります。一度に動ける距離は各キャラによって設定値があり、移動力3なら3マス、4なら4マスだけ進めます。


敵キャラと味方キャラの距離は「○マス分」と測れるので、あと何度の移動で敵と遭遇するかを計算しながら移動。


攻撃が届く距離も各キャラによって違いがあり、隣接が必要なこともあれば、遠距離から攻撃も可能、みたいなキャラも。
いかに敵の攻撃を避けつつ、コチラの攻撃を当てるかがミソ、みたいな。




FFTの「T」とは「タクティクス」のことで、つまりは「戦略性」のこと。

このゲームには防御力の概念がなく、防具を装備すると「体力」が上がるのが仕様で、死ににくくはなるけど喰らうダメージ自体は減りません。レベルをMAXまで上げても敵の攻撃が直撃したら即死。みたいなことが割とありますw

王道RPGにありがちな「レベルを上げれば死なないし、適当になぐっときゃ勝てる」みたいなのとは違うゲームで、レベルMAX・装備最強でも油断できないのが仕様。


このシビアさがおもしろい、みたいなね。



自分の好きなゲームの共通項は「計画性(戦略性)」だったぽい


FFTはまさに戦略性が売りのゲームで、むしろそういうは「FFT」系統のゲームにしかないんだと思ってましたが、違いました。

つい先日、「フリーセル」をやったのですよ。

FreeCell

FreeCell

PCに最初から無料で入ってる、あの超シンプルゲーの「フリーセル」です。

ランダムに配置されたトランプの絵柄を、一定の法則(赤と黒を交互・大きい数字から順に重ねる)とカード4枚分のスペースを使いながら動かしていって、最終的には1から13までのカードを順に重ねるというアレです。



自分はあれが大好きで、大学生の頃ひたすらやってた時期があって、1000勝するまで一人でやってた記憶があります。そして今でも好きです。

なんかのきっかけでつい先日やったとき、「ああこれ、FFTと同じ原理じゃん」と。

FFTの戦略性を超シンプルに抽出した感じが、フリーセルだなぁという感じで。




で、よく考えたら『バイオハザード』も計画性が入ってるゲームなんですよね。

最新作はアクションっぽくなってきたけど、原点は「限られたアイテムだけを使ってゾンビの街からの脱出すること」が目的のゲームですから。

どこで何の武器やアイテムを取って、それらをどこでどう使えばうまく脱出できるか。的なのが自分は楽しいんですよね。

それを実際のアクション操作で実現するのが、バイオハザードならではの楽しみでもあった気がします。




と言う感じで、自分は基本的に計画性があるゲームが好きだったのだと気付きました。

・計画性のみ=フリーセル

・計画性+ストーリー性=FFT

・計画性+ストーリー性+アクション性=バイオハザード

みたいな。




計画性がないゲームは逆に好きじゃなかったり。

シューティングとか、格ゲーとか、あまり好きじゃない気がします。

一番「わからぬ」と思ったのは、「パチンコ」。家庭用ゲームから急に離れたけど。

一回だけパチ行ったことあるけど、ただレバーを回して台を見つめるこの作業の何が楽しいのか、自分にはよくわかりませんでした。(パチンコdisではない)。



計画性・攻略性・戦略性・段取性などの言葉で表される要素が強ければ強いほど、自分はそのゲームにのめりこむ気がします。





自分の中にある鬼の系譜はコレだったかもと思うなど


ゲームの好き嫌いから離れて考えても、元々自分は予定を立ててから動くのを好むタイプだし、これもしかしたら例の障害のアレかもしれないのでいろいろアレですが、とりあえず自分は「計画性」が好きで、得意で、これがキーワードだったのかもなぁと思いました。

計画的に動いたらうまく回るような作業や仕事が好きで、逆にアドリブ性をこそ求められる状況は苦手だし好きじゃない。みたいな。

自分のポジショニングを考える際、方向性は「計画性が求められる立場」なのかもなと。




そして、これは自分にとって「鬼の系譜」になるのかもしれないなどとも思いました。

ネットで見かけた他人様の意見で、「鬼の系譜」なるものを見ました。鬼とはつまり「才能・適性」のことで「言われなくても最初からかなりできる」し、「手取り足取り教えられなくても自分でドンドン向上・改善できる」、自分の中の特定の能力のこと。


・運動神経バツグンの人にとっての「運動」
・記憶能力バツグンの人にとっての「暗記」など


その人の優れた部分であり、「何でこんなこともできないの?」的なことを他人様に言っちゃう部分。

それができない理由や気持ちがわからないため、それを苦手とする人を育てられず、結果、鬼は同じ鬼しか育てられず、鬼の系譜ができあがる的なご意見。細かい所がうろ覚え(失礼)




計画的に動くことなんて誰にも教えられてないし、教わろうと思ったこともないし、でも無意識に毎日やっていて、意識的に好む部分でもあり、自分の中では得意とするスキルです。

一人暮らしする毎日に「自炊してて偉いね」的なことをわりとよく言われるんですが、この「自炊」も自分の計画性が発揮された結果な気がします。段取りが得意な人って、家事や料理をそつなくこなすイメージがあります。

他人様から凄いと言われることが才能なのだとしたら、この「自炊力」はたぶん才能なのだろうし、その自炊力を支えているのが計画性なのだとしたら、自分は計画すること(段取りを組むこと)が才能なのかもしれません。



良くも悪くも、そのつもりで動いた方がいいのかもなーと思ったりします。