NCの日記

孤立気味に生きてきたおっさんの日記です

人には特性があるということを強く感じた話

コロナ禍にあってもBBQをせずにいられない人、「うち(観光地)に来ないでくれ」と訴えつつも自分は気軽に散策している人、そして平時から引きこもりがちで今もわりと引きこもれている自分。

いろいろ人には特性があるもので、それは平時から非常時までわりと一貫しているものだなと。

それがよく働けば才能といわれ、悪く働けば呪いといわれるものだと。人それぞれに特性があるというのがすごく見えやすかった時期なのかなとも思ったという話です。


みんな、なんだかんだで自然にアクティブなのだなと

日陰者ポジになりがちな自分から見て、会社やコミュニティにずっと属していられる人たちはすごく頑張っているし、我慢もしていてえらい、まっとうな大人というイメージがあったけど、今回のコロナ禍のリアクションを見ていると案外そうでもないのかもという気がしてきて。


なんだかんだでみんなアクティブというか、外に出たり人に会ったり、会社みたいな集団に属したりするのが性に合ってるところも大きいのかもなと。

このコロナ禍の中でもBBQをしたがる人たちを見ると、これまでは爽やかな大人のレクリエーションという感じだったけど、今回はなんか悲しい人のサガを感じてしまって。


なんていうか、それが爽やかだからとか、そんなんじゃなくて単にあの人たちはそれが性に合ってたからやってただけで、雨が降ろうが槍が降ろうが、明日隕石が降ってこようが外で肉を焼いてんじゃないかという感じがね。

いや、むしろ悲惨な状況だからこそやるというか。あの人たちにとってのBBQはワイにとってのアニメやゲームであって、意識的に摂取する楽しさでもあるし、無意識にやってしまう習慣、もはや酸素に近い存在で、非常時で落ち着かない時こそキメて自分を落ち着かせる儀式と化しているようにも思って。



ここまでくると、これまで自分が当たり前にやっていた“それ”って、自分の意識で選択的にやってたのか、中毒的にやらされていたのかわからなくなってくるなと。

でもそうなのかもしれないね。特性は悪い方に転ぶと呪いだと自分は考えていて、それは生まれつき持っている中毒ともいえるのかもしれない。



会社勤めや仕事も含めてアクティブに外に出かけていくとか、合理的な理由なしにみんなで集まってBBQとかのレクリエーションするとか、「いや、自分はそんなに好きじゃないよ」といいつつ、なんだかんだいって性に合ってる人も多かったのだろうね。

言い方を変えると、自分にとってそのつらさを100としたら、アクティブな人が感じるつらさは30くらいで、つらいことはつらいんだけど、それが本当に性に合わない人の数値に比べたら小さいのだと思う。

引きこもり耐性も同じことで、ワイもずっと引きこもってるのはつらいことはつらいけど、アクティブな人が感じるつらさに比べたらずっと小さくて、30程度なんだと思う。


自分が本当に性に合わないことを続けてると朝起きれなくなるとか、お腹弱くないのに下痢が続くとか、ハゲができるとか、涙が止まらなくなるとか、出勤前に体が動かなくなるとか、そういうガチの心身の不調が現れてくるんじゃないかと。

つらいつらいと言いつつ、そういうのが特に出てこないものは、なんだかんだいってわりと性に合ってるんじゃないかと。


みんな人それぞれに「そういう風にしか生きられない」的な方向性があるのかもね

これまでアクティブに外に出かけていくって方向性をネガティブに語られることって少なかったと思うのだけど、今回のコロナ禍で初めてそれを見たなぁと。

こんなときでも外に出かけていく人たちが初めて白い目で見られがちで、なんかそれが好きでやっているというより、当人たちはそういう風にしか生きられないという状況だったのだなと。

それがある種の呪い(中毒)だということが表面化しなかったのは、たまたま今の世の中ではアクティブに外に出かけていくことが賞賛されがちな価値観を持つ社会で、しかもその方が金を稼ぎやすいみたいな、実利につながりやすい仕組みもあったからだったのだなと。



いやいや、俺そんなに外出るの好きじゃないよ、会社とかめっちゃ嫌いよ?といいつつ、結局家に引きこもるよりはましだとそっちを選ぶ人もけっこういそうだなという印象で。

まあこれは極端な二択すぎてアレだけど、結局はみんな「そういう風にしか生きられない」みたいな方向性があって、道を選ぶときに自分の性に合っている方を選んでいくんだと思う。

それを連続することで、気づいたら自分が楽に動ける場所にたどり着く。そんなもんなんだろうか、それが一部のアクティブな人たちにとってのBBQ、ワイにとっての引きこもりみたいなものなんだろうか、などと思ったりしてました。

特性というものの見方や考え方

この特性というものに注目したのは実体験のほかに、ちょうどphaさんの本やWEB記事を読んだこともあると思います。

phaさんのスタンスの大きな骨格になっているのが「人それぞれで特性があって、それに合う生き方をするのがいい」というものだと思うのだけど。


それを改めて見たことで、コロナ禍での各自の行動で、それぞれの特性が浮き彫りになっているなということを余計に思ったんですよね。

けっこう自分の中では大きなバイブルになっているのかもしれません。


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