NCの日記

孤立気味に生きてきたおっさんの日記です

景気がいいにこしたことはないけど

「ほんっっっっっとうに景気悪ィね……」
と友人がぼやいてたのがなんか耳に残ってます。結構前のことなんですけどねw


確かに景気のいい話なんてなかなか聞きません。
日常生活で周りから聞こえるのはため息ばかりといったところ。

自分が生まれた時がバブル末期の頃で物心つき始めた頃くらいから世の中が変な方向に転がり始めたっぽいです。
一応年齢的にはバブルにギリギリであたってるわけですが当然何も覚えていません(笑)
バブルなんて明治維新と同じくらいの歴史的ニュアンスを感じます。

小学生の頃から景気が悪い景気が悪いと言われ続けて大きくなって、大人って言われる年になってもやはりそのまま。
景気がいい、という状況を正直体験したことがないのかもしれません。
何かヘンですよね? 雨が降るのは自然だとしてもそれが止まずに降り続けるのは不自然だ、と個人的に思ってます。

その違和感がある種の確信に変わったのはリーマンショックでした。
平成大不況がようやく終わるかと思われ一筋の光が見え始めたところの経済危機。
当時すでに社会に出ていた自分は、よくわからないけど周囲がにわかに慌しくなったのを覚えています。
自分が勤めていた当時の会社ではアレがきっかけとなり組織構成自体が見直され上級職にいた人達のかなりの数が下に落とされました。
一番下っ端にいた自分にはその大降格に関係なかった上に、働くだけでヒーヒー言ってた自分には事の次第がさっぱりわかっていませんでした。
ただ、周囲の変化によってよくわからないけど大変なことが、それも良くない事が起きたらしいということだけは察しました。

それまでの自分の人生計画なんて、「景気が良くなったら、適当なとこに雇ってもらう」くらいのもんでした。
なのでようやく景気が上向き始めていた当時、よかったよかったと呑気に喜んでました。
そしてまたしても経済危機。もういいよ……、とうんざりしたもんでした。
これがきっかけとなって「よくわからないけど、世界はもう景気が良くなるってことは期待しない方がいいらしい」という方針がいつまにか出来上がりました。
これ以降、「自分が死ぬまで景気は常に悪いのがデフォ」という大前提のもとに物事を考えるようになりました。今もそうです。


ニートって立場をそこまで否定しないのは「雇われたうえで周囲の環境が良くなるのを待つ」っていう以前の自分の方針を捨てたからなのかもしれません。ただ闇雲に我慢して時間が解決してくれるのを待っているその方針はかなりの望み薄だという結論を、大人になるまでの環境とその先に起きたリーマンショックで下したみたいです。
待ってるだけではじり貧になる気配が濃厚なら、他人に迷惑をかけない範囲で自分の人生を模索する期間があっても悪くないのでは?と思っています。

加えて、コミュ障気味である以上組織勤めのストレスは人一倍なのです。
他人はともかく、そんな自分がとりあえずなにかしら企業に入っとけばなんとかなるとはとても思えません。
もはや比喩でもなく「命がけ」の激務が続く正社員なんて自分には論外です。
そんなものは心身ともに頑丈でやりたいという人に譲ります。


そんなわけ自分がなるべく自然に動けて、なおかつ、なるべく景気任せにならない生き方を探っているわけなのです。