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NCの日記

コミュ障人生、試行錯誤の日記です

答えは常に与えられるのか?

最近、少し悩んでいることがあります。

で、少し前になりますが、そのことで悩みつつ、ぶらぶら散歩ついでにふと本屋に入り、適当にめぼしい本を手に取り、立ち読みってほどでもなくパラパラめくり、適当にパッと止めたページに自分が悩んでいたことに対するちょっとしたヒントが端的にバシッと書いてあって「……!?」となりました。

素にビックリでした。






自分は特別運がいい方ではないですが、不思議だなと思う巡り合わせはたまにあったりして、悩ましいような?という感じがしています。

これまでを振り返ってみると、こういうことが知りたいとか、こういうことがやりたいとかいう想いを持っていると、さりげなくそれを叶えてくれるような何かが、何らかの形で流れてきたような気がしないでもありません。微妙な感じなんですけどねw


こういうことが知りたいけどいい本がないなと思っていると、次に図書館に行った時にまさにといった一冊が新刊として入荷してあったり。今やってるライターの仕事も、もう一回本気で探してみようかと思っていたら知人が紹介してくれたり。冒頭で書いたように、悩み事があるとき、ヒントが書かれたページをたまたま立ち読みで開くことができたり。

そんなの何とでも言えるんじゃないかと言われたらそれまでなんですけどねw 実際自分でもそう思わなくもありません。
でも何となく、何かに対する答えを求めていると、それは何らかの形でふっと与えられているように感じなくもありません。



だからってわけじゃないんですが、最近、前ほど世渡りのテクニックとかを意識しなくてもいいんじゃないかと思うときがあります。

何かに悩んでいるとき、困っているとき、もしくは人生の岐路に立たされているとき、そのときの自分に必要な知識や情報、出来事といったものはその都度、さりげなく巡り合うようにできてるのかなということを思います。
前は「うかうかしてるとどこに流されるかわからない!」という思いで、戦々恐々としながら必死で手がかり足がかりを探しているような心境でした。

客観的状況は今もその当時もそんなに変わってない感じもしますが、昔ほど大海原で遭難してるような悲壮感はなくなってきた気もします。


なんかうまく言えないんですが、人生ってそこまで理不尽なものでもないのかなと。

起こることにはすべて理由があって、それが自分の身の上に起こるだけの理由があってすべては起きているという感じなのかなと。で、起きる出来事や試練ってヤツは、絶対にクリア不可能なクソゲーのような存在ではなく、必ずクリアに必要なアイテムや情報も一緒に流れてくるものなのかなと。
だから努力しなくていいとかは思いませんけど、あんまり先のことを思って汲々としすぎなくてもいいのかなと思ったりするのです。その時その時に必要なことは、しかるべきタイミングで、しかるべき流れで、自分のもとにやってくるので、あとはそれを上手につかまえればいいのかなと。


必要なのは「答えを求め続けること」の方なのかもしれません。

そういう状態で日々を過ごしていれば、何げなく手に取った本の中に、何げなく開いたサイトの中に、もしくは何げなく会った誰かとの会話の中に、ヒントが見つかるのかなと思ったりします。
現実的努力は大前提として必要ですけど、その上で起きる出来事とかに素直に向き合っていればいいのかなと。そうすれば自分の人生に必要な物とか情報とか人脈とか、いつの間にか全部揃ってたりするのかもしれません。




まあ、そうだったらおもしろいなというだけの勝手な想いですけどねwww
自分でもそこまで確信のある話じゃなくて、やっぱり雲をつかむような微妙な話ですw

こういうような流れが本当にあるのかどうか個人的にも気になりますので、思わせぶりな流れで巡り合った何かにはちょっと注意しときたいと最近思ってます。

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